中国ドラマ『長安 賢后伝』(原題・長安諾/长安诺)ドラマレビュー其の2:群主〜太皇太后まで・運命に翻弄されなかった女の一代記:37集〜ラストまで【成毅チョン・イー】【韓棟/韩栋ハン・ドン】【趙東澤/赵东泽チャオ・ドンズー】キャスト情報・あらすじ・感想※ネタバレあり

2023年9月7日

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今日は、中国ドラマ『長安 賢后伝』(原題・長安諾/长安诺)ドラマレビュー其の2:群主〜太皇太后まで・運命に翻弄されなかった女の一代記:37集〜ラストまで
を紹介するよ。
 
基本情報・1〜37集までのレビューは其の1を読むがいい。
↑のスチールは本土のもので、Allタームを網羅している仕様だ。
三世代勢揃いな家族写真だ。
ここに④と⑤がいないのは良いとしても、いーの嫁がいないのが気の毒だ。
家族と認められてないって事だ。
てこはいーの嫁を陰ながら応援してたのだが、実に残念だ。
 
さぁ、第2タームでどん朕がお隠れになる。
しかし、彼は死んで喜ばれちゃかなわんと男の意地をかけて困った置き土産を置いて逝く。
 
みんゆうに言った意味深な言葉。
 
「みんゆう、君は今まで負けたことがないだろう?
だけど、今度ばかりは君の負けだよ?」
 
さてさて、困った置き土産とは一体なんぞや〜
からの第3タームの始まりだ。
 
ところで、其の1では翻訳について少しばかり言及したが。
今回は名前の読み方について(日本上陸版)の素朴な疑問を語りたい。
 
ヒロインの名前は「茗玉Míng yùみんゆう」だ。
しかし公式(SPOエンタメ倶楽部)によるとルビは「めいぎょく」だ。
つまり、耳では”みんゆう”と聞こえるが、字幕は”めいぎょく”と出ると言うことだ。
 
いーの名前は「蕭承煦Xiāo chéngxùしゃお・ちゃんしー」だ。
しかしルビは「しょう・しょうく」だ。
つまり、耳では”ちゃんしー”と聞こえるが、字幕は”しょうく”と出ると言うことだ。
 
細かいことかもしれないが、素直に拼音をルビにすれば良いんじゃないだろうか。
 
ってな感じで始めるよ、最後までよろしく!

第3ターム:どん朕崩御後、皇太后(皇帝の母)時代38〜ラストまで

第2タームはどん朕タームであり、どん朕がまごう事なく主役だ。
どん朕がお隠れになって〜終劇〜でも、みんゆうに終始イラついていたのでわりと納得できるかもしれない。
まぁしかし、いーの成長ぶりは気がかりではある。
 
第3タームはいー【成毅チョン・イー】タームであり、いーがまごう事なく主役だ。
序盤の天真爛漫爽やかガラスの少年時代はどこ行った?という成長ぶりを大いに堪能できる仕様だ。
 
さて、どん朕の置き土産だが。
どん朕は”みんゆうの産んだ子を跡目にする”という遺詔をお残しになりお隠れになった。
さらには”失敗したらみんゆうの子は殺せ”と三大軍隊に指令を出しておくという念の入れようだ。
要するに九弟VSみんゆう図式が成り立つお膳立てをして旅立ったどん朕だ。
冴えてるね。
 
しかし、よくよく考えてみて欲しい。
ただの嫉妬でこんな遺書を書いたとお思いか、皆の衆。
ああ見えて(玉座を横取りした不届き者ではあるが)どん朕は明君だった。
 
どん朕には皇子が三人いる。
年功序列から行くと本来なら↓@启翰になるはずだが(【韓承羽/韩承羽ハン・チョンユー】其の1参照のこと)
いろいろと残念な男子なので鼻っからスルーされてる。
 
で、次男がみんゆうの子で、最後の三男が
↑女が産んだ子だ。
この女は最初からなにかと不穏で、後宮のいざこざの原因はほぼこの女の画策によるものだ。
しかしのちに大いなるカルマがこの女に降りかかる事となる。
そうとも知らず、愚かな事よのぉ。
 
どん朕は知っている。
跡目を誰に譲ろうとも、九弟は帝位を奪うべく動くであろう、と。
 
この↑女VS九弟、になったら100%九弟の勝利だろう。
なんだかんだで、九弟の心根が優しい事をどん朕は知っているが。
下手すりゃ皇子が死ぬ事もあるやもしれん。
しかし、みんゆうの子となったらどうだろうか。
九弟は最後には折れてくれるんじゃないだろうか。
そうなれば二人の皇子は無事に生きられる。
・・・
オレってば天才・・・byどん朕心の声
 
いつかこんな日が来るだろうと、臥薪嘗胆の日々だったいー。
いーがその気になりさえすれば玉座は手に入る。
今こそがその時だ。
しかし、いーの最大の弱点はみんゆうだ。
 
みんゆうのこんときの言い訳はたしか
 
「皇帝にならなくても実権はあなたのものよ。
しかもあなたのわがままのために多くの民を苦しめるの?」
 
みたいな感じだったと思う。
寝言は寝て言え。
ぺぃっ呸Pēi
 
「は?
おまえの息子が皇帝になったら、お前皇太后じゃん。
俺ら二人の未来はもうないよ?」
 
「どぅぶち・・・ちゃんしー」
 
・・・
 
もうね、みんゆうにお願いされたり、泣かれたり、謝られたりしたら、もうダメダメになっちゃうんだよね、いー。
どん朕が言ってた
 
「お前は皇帝には絶対なれん。
なぜならお前は心が柔らかすぎるからだ」
 
って言うのがわかる、ほんとソレ。
上手い言葉が見つからないので、直訳だが。
要はクールになりきれない甘さがあるって事だと思う。
もちろんみんゆうのことは好きだけど、でも同じくらい長安の街や民衆の事も考えてしまう。
 
いーのコアが善良なのだからしょうがない。
しかしそんないーだからこその魅力でもある。
欲望のままに生きたいのに生きられない、掴み取ることが出来るのにあえて掴み切らないその選択。
そんなキャラ設定に惚れ込まざるを得ないのだ。
 
もうっ大好きっ♡だ。
 
このときのいーの選択は、今後の彼の生き方に大きな影響を与える。
この時にいーは一皮剥けたのだ。
 
・もう何も求めまい
・みんゆうの幸せだけを考えて生きて行く
・みんゆうの子を立派なわんしゃんに育て上げる
 
この三箇条を皆も記憶に刻んでおいてほしい。
 
時は流れ↓こんなに大きく育った子を見るがいい
 
みんゆうの子の皇帝【趙東澤/赵东泽チャオ・ドンズー】
ドンズーといえば「聴雪楼」のおばかさん②だ。
さらには「大唐荣耀(麗王別妃)」のハーンを裏切った子だ。
お久しぶりなドンズー、元気そうで何よりだ。
 
みんゆうはなんだかんだで子育ては失敗したらしく、何かと残念な感じに成長している皇帝だ。
何より偉大すぎる九叔父を疎ましく思っているし。
自分一人で政治を担って行きたいし、担えると根拠なく思っている愚か者だ。
さらには、九叔父にジェラシーむんむんだ。
 
九叔父いーと若き皇帝との絡みはほんとに見ていて辛くイラつく。
視聴者は、いーが今までどれほどの苦難に耐えてきたかを知っているから、
さらにはイラつくみんゆうの子なので余計にムカつくのだ。
 
「息子?
はぁ?
俺の親父は偉大な先帝なんだぞ?」(極訳です、念のため)
 
こんな心ない言葉に胸を痛めたのはてこだけじゃあるまい。
 
さらには帝位を狙ってると皆から思われ。
 
”十年だ。
十年も努力して、それでも俺の真意は皆に伝わってないのか・・・
みんゆうでさえも・・・”
 
といういーの心の叫びが聞こえるだろうか。
てこには聞こえる、いーの心の声が。
 
ここで、↑上述の涙の三箇条を思い出してほしい。
欲するものなど何もない”のだ。
ひたすらにみんゆうの為だけに生きてきたと言うに。
 
「あったまきたっ。
ならばお望み通りやってやろうか」
 
とけつまくる寸前だったのに・・・
それなのに、みんゆうはご丁寧にも②皇子を使いいーに屈辱を与える。
万死に値する行いだ。
みんゆうよ、おまいはいったい何様なのだ。
ぺぃっ呸Pēi
 
この時いーの心の何かが壊れてしまった。
生きる気力も無くなってしまった。
わかりみ・・・
このやりきれなさ、報われなさ、自分を信じてる⑩や臣下の期待に応えられない情けなさ、ジレンマ。
 
そして病を得てお隠れになりそうな時、ようやくみんゆうの心は動く。
命懸けだ。
命を懸けてようよう勝ち取ったみんゆうの決断だ。
 
しかし、幸せは続かない。
この一瞬の幸せのために生きてきたのかもしれない、いーは。
それほどに儚く切なく尊い一瞬の時間だった。
 
いーが病の間に朝廷内で不穏な動きがあり謀反人が戦を仕掛けてきたらしい。
この都合の良い流れにはもはや苦笑いしか出来ない薄っぺらさではあるが。
そこはもう諦めるしかない流れだ。
命懸けで勝ち取ったみんゆうとの約束は、病み上がりのいーにもっすごい元気を与えてしまっていた。
 
「俺が行く」
 
といーは名乗りを上げる。
 
”もうやめて・・・
病み上がりなのに”
 
という視聴者の心とは裏腹に戦へいくいー。
 
そして戦場。
若き皇帝を颯爽と助ける英雄いー。
いー最終形態、降臨だ。
この一連の流れは、いーの魅力が存分に味わえる仕様であり。
まじでヒーロー仕様。
効果音もヒーロー仕様。
もう今までのもやもやもあらぶりもすっかりアップデイトされるいーのかっこよさは、ぜひ皆も堪能して欲しい。
 
いーのかっこよさもさることながら、配音が良すぎだ。
まじでほんとうにイケボ(イケてるボイスじゃないよ、イケメンボイスだよ、念のため)なんだって。
いーのルックにイケボの相乗効果で、リーサルウェポン級の破壊力だ。
スイカに塩、は対比効果か。
もとい、焼酎のビール割、と同じ効果だ。
この最終形態は、まさに神々しく眼福であり非常に満足だった。
 
ちなみに配音は@馬正陽さんで、
「琅琊榜之風起長林」蕭平旌、「延禧攻略」富察·傅恒、「扶揺」長孫無極、「双世寵妃」墨連城
などの配音さんだ。
 
毒矢に倒れ、彼は50集で長安に向かう馬車の中でお隠れになる。
みんゆうの腕でなく、みんゆうの子の腕で逝く。
(よかった、みんゆうじゃなくて・・・byてこ心の声
お前の腕の中でなんか逝かぬ、だって見せたくないもん・・・byいー心の声)
 
彼が人生で手に入れたものは何だったのか。
ちっぽけな気休めしか貰えてないことに、いー自身も気付いている。
でも、自分の存在が愛する女に幸福感を与えられていたならば、
それだけでも、自分が生きた意味はあるのではないだろうか。
何より、一人の女を愛し通せたことが自分の幸せだったのだ、と。
 
もしくは、おのれみんゆうめ。
来世では絶対に出会いたくねーぞ、などと。
巡る思いは尽きない。
 
どちらにせよ、お隠れシーンはてこを涙涙の渦に引き込んだ。
ティッシュ20枚ほどは使っただろうか。
おかげで翌日、生徒に
 
「センセー、ファービーみたいな目してる」
 
と言われてしまった。
まことにちょろい人間だ、我は。
 
いー亡き後の世界〜
ようやく九叔父の真意に気付いた若き皇帝。
こちらも命懸けでようやくまともになった。
さすが母子だ。
若い世代はきらきらしていて、妃選びで揉めたりしてる。
ってか、もういー居ないし、見る気も失せる。
見続けるのは惰性だ。
だからさらっとだけ紹介しとく。
三男も↑の女子が好きだが、いろいろあって若き皇帝の嫁になる。
嫁は@楊超越で、てこブログ古参だ。
将夜将夜Ⅱ」の綺麗な方の桑桑(天女)だ。
説英雄誰是英雄」「且聴鳳鳴(鳳舞伝)」では女①を立派に務めている。
 
出番当初は、怠け者だし、優柔不断だし、頼りないわんしゃんだったが。
九叔父事件で性根を入れ替え、わりとまともになる。
さらには嫁も賢いので今後は順風かと思われたが。
 
やっぱりみんゆうのせい・・・
みんゆうが病に倒れ人事不詳に陥るのだが。
 
そんときいーがお迎えにくるのよ♡
一言も言わずに優しく抱きしめる。
もうお隠れになって出番がないかと思いきや
来たーーーーーーーーーーーーー”と歓喜のあまり再び咽び泣いたという・・・
ただ居るだけ、そこに居る、という喜び。
唯一無二の存在感を放ついー。
もぅてこはめろめろです。
 
と、まぁそれはおいといて。
せっかくいーがお迎えに来たのに、生にしがみつき元気になるみんゆうだ。
で、嫁が看病しに来てる間に〜で〜になるという悲劇が起こる。
そっからは、もうばたばたと怒涛の高速展開スタートだ。
あまりのショックに嫁〇〇
ショックな嫁にショックを受ける若き皇帝が〇〇
太皇太后爆誕
 
わずか3〜4集でここまで詰め込んだ仕様だ。
みんゆうの子の運命は、はっきり言ってみんゆうのカルマだと思う。
子に罪はないが、ままのせい。
ここまで周りの人生に影響を与え続け、多くを不幸にしたつけを支払う時が来たのだよ、みんゆう。
それでも支払い切れないほど借りがまだ残ってるので、
みんゆうの来世はろうそくの芯とかだと思う。
おそらくは、一番大事なものを失うというもっすごい不幸に見舞われても、今後も老体に鞭打って厳しい世界を生きねばならないのだ。
老害暴走機関車婆にならないことを祈っておこう。
 
最後までみんゆうとこの侍女は承羽に塩対応だった。
それは別に良いが、熟年白髪混じり承羽が見れるか、と一瞬喜んだてこがいる。
皆も見たかったんじゃないだろうか。

長安諾てこが見た感想

終わってみれば、邦題のタイトルが如何にお門違いか、という感想を持つ。
 
原題のタイトル『長安諾』は訳すと”長安の約束”だ。
英題は『The Promise of Chang’an』
じゃぁ、どんな約束だろう、と考えてみる。
思い起こすとみんゆうは実に多くの人に多くの約束をしている。
まったくてきとーな女だ。
消去法で特定するとその約束とは、みんゆうの上の姉がお隠れになる時の遺言ではないかと思う。
いーもまだ存命だったので、おそらく47〜48集くらいだろう。
 
ちなみにこのみんゆうの上の姉は実に善良な皇后だった。
彼女じゃなければ、みんゆうは早い段階で屠られてたに違いない。
で、その姉がお隠れになる時に
 
「長安を守れ」
 
と、有り体に言えばそんな感じの遺言を残す。
そんな約束も反故にして、愛する男とほんわかライフする決断もしてたけどね。
まぁ、結果としては今後も明君を育てるべく努力し、見守り続ける事になる訳だが。
 
みんゆうは、皇后にはなっていないし、皇太后時代も決して”賢后”ではなかった。
なぜなら子の育成を間違えているし、子世代の嫁選びには実は悪意が隠されている。
さらには↑のように、マジモンで切羽詰まった時はナチュラルに役職放棄しようと思ってたからね。
太皇太后時代は、今始まったばかりだから”賢后”かどうかの判断はもちろん出来ない。
 
そもそも、架空の時代背景であるから、この”賢后”ももちろん架空の人物だ。
例えば歴史上に実在した人物をモデルにしたならば、賢后と呼ばれる人の実績がわかるのだが。(たとえドラマ中で描かれなくとも想像することはできる)
本作の”賢后”は一体誰を示すのか(みんゆうに決まってるけど上の姉ちゃんなら納得する)、一体何を評価しての賢后なのかが全く1ミリも理解できない。
 
そして、第2タームはどん朕がまごう事ない主役であり。
第3タームはいーがまごう事ない主役だ。
本来主役であるべきみんゆうが喰われちまってるという事だ。
 
まぁ、この殿方お二人は、隠そうにも隠しきれないオーラを纏っておられる故。
仕方ないといえばそれまでだが。
これはみんゆうの中の人、櫻子のせいではなく制作側の落ち度だ、念のため。
どんなに存在そのものが神、と言われる俳優を起用しても、それを上回る
 
”もっすごい女の一生見ちまった・・・”
 
と胸を抉られるような痛みを感じる女の一生物語も存在する。
 
まぁしかし、どん朕に嫁入りした時からみんゆうのことは気に入らなかったので、
仕様を変えたとて、てこのイメイジがアップデイトされることはなかったかもしれないが。
もっと共感できて、存在感のあるヒロインならばこの邦題でも納得できたかもしれない。
 
それと、重大な話をしときたい。
実は非常にショックだった事があるのだが。
日々流れてくるツィッターによると、いーには子がいるらしい・・・
中国版56集には、そんなシーンもエピソードもない。
ということは、例の
◆中国放送版(全56話)ではカットされていた膨大な未公開シーンが追加された全61話のディレクターズカット版でリリース!!
 
↑の未公開シーンの一つなのだと思われる。
 
いーに子がいる事実。
これ必要か?
NOだろ!
まったくもって不必要だ。
未公開にも意味があると初めて思った瞬間だ。
 
てこ監修”イケメン備忘録”だが。
いーは三連発、はんどんパイセンは二連発でレビューしている。
なので、神級のウルトラ男子の備忘録は過去記事を参照してほしい。
与君歌」 
 
ヒロインが嫌いすぎて随分と荒ぶったレビューになってしまったが。
全体的な作品の評価は微妙ではあるものの。
何度も言っているように、いーとはんどんパイセンは見ておいて損はない。
いーに限っていえば、「沈香如屑·沈香重華」と同等と言えるべき出来だったと思う。
 
はんどんパイセンがエロ朕呼ばわれされてるのに心が痛み、なんとか彼を擁護するために書いたレビューだが。
ようよう書き終わった頃には、OAも既に終わってる頃かもしれん。
 
ある筋からのご指摘によると(しつこいようですみませんが)、このドラマは緻密であり子世代の話も面白い、とのご意見がある。
緻密云々については敢えて言及はしないが、構成のアンバランス感は否めないと思う。
賢后もしくは長安の約束よりも、愛憎の方がクローズアップされすぎであり、なんといってもいーがお隠れになってからのエピソードが全力疾走すぎるし、都合よく纏めてしまっていると思う。
 
とは言うものの、見た感想は自由であるしどう解釈しても本来問題ないはずだ。
もちろん”えー、違うんじゃない?それ”もありだ。
特にてこブログは独断と偏見が多いので、だからこそ”てこが見た”感想としている訳だ。
しかしその他人の感想を批判しバカにする(さらに発信)のは正直不快だ。
仮に、この言葉がてこに向けられたものでなくても不快だ。
てこブログは、皆の言いたいことを代弁するブログではないしオフィシャルでもない。
あくまでてこ見解のブログだ。
だからと言って好き勝手に書いている訳ではなく、それなりに熟考して書いている。
 
例えば読み物の場合、書いているのは生きている(もしくは生きていた)人間だ。
Wikipediaなどで”これ間違っとるやん”と文句つけたことが皆もあるだろう。
AIが書いてる訳じゃなく生きた人間が書き集めた物なのだから間違いもあるだろう。
文句をつけるのも自由だが、生きた(生きていた)人間を思い今一度大声で文句を言うべきかを考えてみてほしい。
 
今回のご指摘も、最初は”ふむふむ、なるほど”と思って見ていた。
作中でもそのような理由で輿入れしてましたので。
まったくもって正論だし見たまんまだ。
それに対して”ぃや、ここはこうだったでしょ”などと言うつもりは全くなかったのだ。
結果書きましたけど、本来はそんな説明はしたくない。
できれば、”この人間はなんでこんな風に思った(感じた)のだろうか”と思いを馳せてみて欲しい。
そこには、自分が見えていなかったものが隠されている可能性が少なからずあるのではないだろうか。
そもそも、てこブログは細かく粘着な話はわざわざ書かない仕様だ。
まぁしかし、”ぁ、てこブログ読んでくれたのか・感謝”の気持ちの方が大きかった。
だが、次の”理解力(涙・涙・涙)”は正直人格を疑うレヴェルの煽りと受け止めた。
てこの理解力はジャッジが出来かねるが、状況証拠からあれこれ推測する力はわりと持っている。
しかし、それにも限界はある。
 
今回のことで、文字の持つ力を再認識した。
今後のさらなる精進をここで誓おうと思う。